22年1月28日、グレイステクノロジー株式会社(以下、グレイス社)は、特別調査委員会の調査報告書が発表しました。その内容は大胆な会計不正であり、結果、2月28日をもって、東証一部から上場廃止されるという事態に至っています。調査報告書では、グレイス社の創業者で代表取締役社長であったA氏につき、
A 氏は、架空売上事案の大半に大きく関与していたものと考えられるが、同氏は、本調査開始前の2021 年4月13 日に死去している。そのため、本調査では、架空売上事案の経緯・背景や内容等をよく認識していたと思われるA 氏から事情や動機を聴取することができなかった
調査報告書(グレイステクノロジー株式会社) https://ssl4.eir-parts.net/doc/6541/tdnet/2072811/00.pdf
とあり、本件調査においては本件に深く関与していた創業者からのヒアリングが実施できず、調査に一定の限界があったとされています。不正に関与していた当事者が死亡されている状況での非常に難しい調査が行われたことが推察されます。以下、調査報告書を掘り下げていきます。
グレイス社はどんな会社か
グレイス社は、2000 年 8 月 1 日に設立された東証一部上場企業です。グレイス社は、各種企業のマニュアル(各種産業機械やソフトウエアのメーカー等の技術マニュアルや、企業内で使われる業務マニュアル)などの企画、デジタル化、コンサルティングなどを行う「マニュアルマネージメントシステム事業」を行っています。
同社の上場までのスケジュールですが、
2016年12月 マザーズ上場
2018年08月 東証一部上場
とマザーズ上場後、ほぼ最短で東証一部上場にまで至っています。
【2017年3月期~2021年3月期までの業績推移】(単位 千円)
決算期 | 2017年3月 | 2018年3月 | 2019年3月 | 2020年3月 | 2021年3月 |
売上 | 1,010,883 | 1,314,414 | 1,524,427 | 1,903,678 | 1,812,262 |
経常利益 | 294,335 | 413,322 | 573,203 | 947,420 | 1,000,074 |
純利益 | 196,807 | 278,326 | 375,377 | 659,776 | 693,812 |
どんな不正だったのか
グレイス社の不正会計はどのような事案だったかというと、2つ大別されます。
(1)売上の前倒しと(2)架空売り上げです。
(1)売上の前倒し事案
グレイス社は、翌期に計上すべき売上を前倒しで売上計上することを繰り返していました。調査報告書によると、
2016 年 3 月期から期をまたぐ売上の前倒しや、売上の前倒しが転じての架空売上が開始されていた。A 氏は、営業担当役職員に過剰な売上目標を課し、経営会議・取締役会など社外役員もいる面前で営業成績の芳しくない営業担当役員を激しく罵倒・叱責し、営業担当役員もその部下に対して、同様の手法で売上目標の必達を厳命していた。
調査報告書(グレイステクノロジー株式会社) https://ssl4.eir-parts.net/doc/6541/tdnet/2072811/00.pdf
一方、当社においては、納品が完了していなくても、顧客から納品を証する「受領書」を回収しさえすれば、その時点で売上として計上して差し支えないという誤った実務慣行が存在していた。
そこで、営業担当役職員は、達成困難な過剰な ノルマを期末や四半期末に達成するため、期末や四半期末になると、実際には未だ納品 が完了していないにも関わらず、顧客に依頼して「受領書」にサインをもらい、これを 経理担当者に提出することでノルマを達成し、その後も制作部は、制作作業を継続し、 後日最終納品する案件が数多く存在していた。営業部のこのような実情は、営業担当役員である D 氏はもとより、A 氏、B 氏、C 氏も認識・認容していた。
(2)架空売上事案
上記のような売上の前倒しをすると、当然のことながら、翌期の売上目標の達成が困難になります。その結果、なんと、架空売り上げが開始されるに至ります。調査報告書によると、
架空売上は、経営陣である A 氏、B 氏、C 氏 と営業担当職員である L 氏(退職済)によって計画・立案・実行されていた。
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架空売上は、顧客から正式な受注がないにもかかわらず、受注があったものとして売上を計上する不正である。
その売掛金は、その後に何とか正式な受注にこぎつけることにより事後に顧客から受領する場合もあったが、それ以外の場合は、A 氏、B 氏、C 氏と L 氏が、自己資金(主として新株予約権の行使で得た当社株式の売却益を原資とするもの)を顧客名義で当社に振込入金することで正常な入金を偽装していた。一部の架空売上に際しては、顧客の署名や押印が必要な受注内容確認書や受領書の偽造がなされたものもあった。また、リース会社による立替払契約も利用され、顧客が作成すべき立替払委託 契約書等を偽造してリース会社から当社に対して売掛金を入金させ、C 氏及び L 氏が 自己資金を顧客名義でリース会社に振込返済することで正常な返済を偽装したものもあった。
特に、この架空売り上げでは、元代表者Aや役員が自ら入金する手法により、会計上のつじつまを合わせていました。
結果、不正会計は、調査報告書によると、以下のような状況であったことが判明しています。
決算期 | 16.03 | 17.03 | 18.03 | 19.03 | 20.03 | 21.03 |
売上(予算) | 750,000 | 1,000,000 | 1,300,000 | 1,501,800 | 1,900,000 | 2,300,000 |
売上(実績) | 726,473 | 1,010,883 | 1,314,414 | 1,524,427 | 1,903,678 | 1,812,262 |
うち架空 | 1,291 | 8,335 | 347,876 | 505,571 | 489,870 | 994,280 |
イベント | マザーズ 上場 | 第3回新株予約権行使 | 東証一部 市場変更 | 社長交代 | 上場来最高値 |
雪だるま式に架空売り上げが増加し、2021年3月期には、なんと売上の約5割が架空売り上げであったことが判明しています。
同社では、ストックオプションが役職員向けに発行されていましたが、この架空売り上げにより、株価は順調に推移しており、行使したストックオプションの売却により、元代表者A及びAの資産管理会社は、約186億円(上場時からの保有株式売却含む)。他の役職員は、概算で一人あたり、約3000万円~約3億円のキャピタルゲインを得ていました。
原因は?
本件は、A氏の予算達成の絶対視する経営姿勢が一義的な原因です。A氏がグレイス社に関して行った様々な経営ぶりを列挙していくと驚くばかりです。
自ら私財を投じて広告宣伝
元代表者A氏は、自らグレイス社の株式の売却益で得た私財を、グレイス社の宣伝広告費として、約10億円を投じています。調査報告書によると
A氏は、2018 年と 2021 年、自身の資産管理会社であり、当社主要株主でもあった NMC に、当社のテレビ CM、新聞広告、雑誌広告、交通広告、その他の広告を出稿させた。広告は著名タレントを起用するものであり、10 億円以上にも上る広告宣伝費用は NMC が当社株式売却益によって支弁し、当社は一切費用を負担しなかった。
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上場企業のオーナーは、上場時などでキャピタルゲインを得てもらうことは重要です。なぜなら、会社がピンチの時に私財を投じることも可能性として残しておく必要もあるからです。けど、グレイス社の元代表者は、私財をグレイス社の広告宣伝費で投じています。そこまでして、会社の認知度を高めようという熱き想いは素晴らしいのですが、背景としては架空売り上げまでをして株価を維持、上昇させようとしていたとは、、、
IR活動を異常なほど重視
上場をすると、オーナー株主は、当然のことながら株価の動向が気になります。投資家に向けたIR活動を重視することは重要です。しかし、それが過度に行き過ぎると、IR活動=経営と考え、自社の事業運営をないがしろにしかねません。グレイス社の元代表者A氏は、異常なまでにIR活動に注力しており、株価のみを経営指標としていたことが伺われます。調査報告書によると、
当社における機関投資家への対応は、E 氏が当社経営企画室長に就任した 2017 年 4 月以降、A 氏、B 氏及び E 氏が担当していた。A 氏は、機関投資家とのコミュニケーションを極めて重視し、極めて頻繁に面談を繰り返していた。上記3名が窓口となって 実施した機関投資家との面談(電話や zoom による面談を含む)は、2019 年が約 250 件(以下に引用する A 氏発言ベース)、2020 年が合計 308 件(面談記録ベース)にも 達している。 A 氏や E 氏は、機関投資家とのこれら面談の場で業績見通しに関する意見交換を行っていたが、その際、機関投資家側から成長率の見込みについて尋ねられると、多くの場合、「前期(実績)比 20~30%」との説明を行っていた。
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E 氏によると、「前期比 20 ~30%」と説明していた理由は、「機関投資家に 10%や 15%と伝えると、『その程度の 成長率か』と思われてそっぽを向かれてしまうという認識が A 氏や自分にはあったの で『20~30%』と回答するようにしていた」とのことである。
そこで、A 氏、B 氏、E 氏は、毎年 2 月~3 月にかけて、この「前期比 20~30%」と いう目安を一つの基準として来期の目標数値を協議し、決定していた。
A氏自ら、年間約300件の投資家ミーティングとは凄まじい回数です。A氏が、本業の推進に関わっていなかったことを裏付けているといえますね。
常態化していたパワーハラスメント
元代表者A氏のパワーハラスメントが常態化し、凄まじかったことが、調査報告書では記載されています。調査報告書の一部を抜粋します。
【2018年4月20日】
○「さっきも言ったように初めて聞いたぞ。おめえらが勝手に決めるのか。前振りもなしか。お前、わすれてんじゃねえんだぞ!(ドン!と机をたたく)」
○「今期何が何でも15億あげないと話になんねえんだよ。すっころぶぞ。毎年毎年予算があがっていってんだよ。さっぱり。おととしと変わってねえんだよ。」
○「指示命令だぜ。こんな方針立てたから、何となくできそうだったらやってねっちゅう話じゃあねえんだよ。100%黙ってやれよっていってんだよ。理解できようができまいが、その行動をとれって言ってんだよ。」
【2018年7月20日】
○「お前(営業担当者)にその意識がねえんじゃねえのかよ。ずっとBと話してんだよ。そろそろ替えどきかってかな(怒声)。お前が売らねえんだったら売るやつをあてがうしかねえんだから。一向にe-manual進まん。なんでだ(怒声)。はっきりしろよ(怒声)。もうマジ収拾つかねえんだよ。毎日のように機関投資家から言われるんだよ。何度も何度も言ったよな。何でe-manualも売らねえし、既存のマニュアルもとってこねえんだ。はっきり返答しろ。…ペースが遅いなんて言うレベルじゃねえだろうが(怒声)。一人じゃ動ききれねえのか。っていうんで、いっとき、Dにも行かせたわな。別にお前ひとりを責めるつもりは全然ねえんだけどさ、うちのメインの顧客が○○だっていうのは市場で通ってんだよ。そこが一向にふくらまん。むしろしぼんでんだよ。説明付かねえんだよ。なんか理由あんだろうよ」
○「お前営業かけに行ってんだよな?ただ単に提案だけして、マルかバツかって言ってるわけじゃねえよな。営業だよな。理由があんだろうよ。お前アホみたいな会話させんなよ。マジで。お前が刺さんねえんだったら、ほかの人間に行かせるしか方法ねえじゃん。理由はなんだよ。」
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【2019年4月19日】
○「どこからナンボ取るんだって聞いてんだよ。おめえの頭の中ねえんだろうよ(怒声)。ホントによぉ。頭の中数字空っぽで何かできるとでも思うのか(怒声)。マジにそこに座ったまんまでいるのか。経営やってんだろうよ。」
【2019年5月20日】
○「(目標に)足んねえものはどうすんだっちゅったって答えらんねえだろうが(机をドンと叩く音)。だったら言うこと聞けよ(怒声)。言うことは聞かねえわ、頭も動かさねえわ、体も動かさねえわってか。」
【2019年9月20日】 ○「営業の○○は使い物になってんのか。遊んでるとしか思わん。中途だよな?営業だよな?どうなの。(ペンを投げる音)使えねえんなら切れ、解雇だ。いらんよ」
○「もうほぼほぼ中途はほとんど解雇しろ。そのつもりで、ガンガン。すっごい、いい雰囲気、会社の中。あっはっはっは(笑)」
A氏による、なかなか激しい罵倒、叱責ぶりが見受けられます。このようなやり取りが取締役会でも行われ、社外取締役や監査役の目の前でも展開されていたようです。社外取締役や監査役も「A氏が怒り出すと、とても止めることができなかった」とのこと。ガバナンスを利かすことが到底できない状況だったようです。2017年6月~2021年8月までの4年間で、63名もの役職員が退職していた、と調査報告書では記されています。
A氏の「成長企業としての虚栄」の維持
A氏は既に逝去されているので、A氏が架空売り上げまでして、株価を維持、上昇させて続けようとした目的・動機は明らかになっていません。
調査報告書では、以下のように分析しています。
架空売上によって業績を維持し、業績維持によって株価を維持して株式を売却し、株式売却益を入金原資として架空売上を行うという「自転車操業状態」に陥り、最終的にはその「自転車操業の破綻の阻止」そのものが目的化してしまっていたものと推認される。
調査報告書(グレイステクノロジー株式会社) https://ssl4.eir-parts.net/doc/6541/tdnet/2072811/00.pdf
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経営会議・取締役会におけるA氏の以下のような発言からは、A氏自身も、自らの機関投資家に対するコミットメントや、「成長企業としての虚栄」を維持し続けることについて、極めて強いプレッシャーを感じていたことも窺える。
【2019年3月18日】
○「何か外面ばっかりこう作ってしまってきてるな。大企業なんですかね(笑)。中小企業としてやってた、つまり上場する前にやってたいい部分も、全然とんと見えないです。」 ○「はぁ、打つ手ねえ。…だから言ってたとおり俺は株を売るわ」
【2019年5月20日】
○「もう本当に冗談抜きで寝ても覚めても俺上場してからさあ、数字のことばっかり。もう上がるまでこんなに数字ごりごりごりごり考えたり、追いかけたりってなかったわ。めちゃくちゃしんどい。」
A氏の発言を見ると、なんだか切なくなります。会社を成長させ、上場し、更なる発展を目指したものの、上場企業・株価という呪縛に縛られ、結局上場廃止にまで至っています。
役員責任追及は相続する!!!
この調査報告書が開示された後、22年2月18日、グレイス社では「役員責任調査委員会」が設置されました。
簡単にいうと、この不正に関して、当時の役員に対する損害賠償請求を行うのか、検討する委員会です。
A氏は、2021年4月に逝去されていますが、この時点でA氏の親族の方々は、役員責任追及されると考えておらず、推測ですが、単純にA氏の遺産を相続されているように思われます。
とすると、A氏の当時の役員責任が調査委員会で認定された場合には、その損害賠償請求はA氏の遺族に行われることになります。
通常、債務が多い相続の場合には、「相続放棄」という手段をとれますが、相続放棄は、死後90日以内に行う必要があり、かつ、相続財産に手を付けていないことが条件です。
あくまでも推測ですが、A氏の遺族の方々は、単純に相続されておられていることからすると、その役員責任の損害賠償請求も相続していることになるのです。
いわゆる代表訴訟、という役員責任は、遺族にまで影響を及ぼす、とよく言われますが、今回のケースはまさしく該当する場面といえます。
経営者の死後、代表訴訟が追及される場面は、遺族にとっては本当に怖い、の一言です。