2019年1月、上場企業の有価証券報告書の開示を強化する規制の変更があった。趣旨は、投資家による企業の理解をより高めてもらうためである。有価証券報告書には、「事業等のリスク」の開示事項があり、企業は、自社の財務状態に影響を及ぼす可能性があるリスクを投資家に対して開示しなければならない。今回の規制の強化により、企業は、「事業等のリスク」の記載事項をこれまでよりも詳細に記載することが求められる。
具体的には、リスクが顕在化する可能性、リスクが顕在化した場合の影響度合い、リスクへの対応策などを記載する必要がある。従前、「事業等のリスク」を開示事項を決める場合、企業の担当者と監査法人などと擦り合わせながら、他社の記載ぶりを参考にしながら、担当者の匙加減で記載を検討した企業が多かった。しかし、今回の規制強化により、「事業等のリスク」を安易に記載するのでは済まされない状況となった。
リスクの洗い出しの悩みの種
企業が抱えるリスクは、様々であるが、リスク事項をどのように抽出していくのかポイントとなる。2020年は新型コロナウイルスが蔓延し、企業に大きなダメージを与えていることから、6月総会を経て有価証券報告書を開示した企業においては、「事業等のリスク」に新型コロナウイルスや感染症リスクが加えられている(日経新聞の記事では93.2%に及ぶ)。このようなリスクの抽出は比較的容易である。しかし、子会社を多数抱えグループ経営を行っている企業にとって、リスクの洗い出しは極めて難しい。基幹会社(ホールディングス)のリスク管理担当者が鉛筆を舐めながらリスクを抽出することなど、事実上不可能である。
私は、リスク管理コンサルティングの一環として、グループを抱える企業のグループ会社ごとのリスク洗い出しをお手伝いすることがある。その際、リスク管理担当者の悩みは「グループ会社からなかなかリスクに関する情報を得られない」という点である。自社の事業部門やグループ会社は、リスクが炙りだされることを好まない傾向がある。特に、グループ会社の場合には、「また親会社から子会社を管理しようとしている」という見方をされ、リスクの洗い出しがうまく進まない。
私がコンサルティングをする際に最も気を付けるのが、「親会社の都合でリスクを洗い出させられている」という風に捉えられないようにすることである。グループ会社は、人員が不足しリスク管理するところまで手が回っていないのが実情である。これは事業部門や営業部門も同じで、リスク管理という視点で業務を行っている暇などない、というのが実態である。そこで、私は、常に事業部門やグループ会社の現場の方々と直接コミュニケーションをとり、リスクを無用に抱えないように支援させていただく、というスタンスでコンサルティングに臨む。
コミュニケーションを定期的にとり、一度、リスクの洗い出しができるようになると、以後、リスク情報のやり取りは非常にスムーズに進む。リスクの洗い出しに苦労される担当者が多いと思われるが、上記のような「お手伝い(支援)をさせていただく」という視点が大切だ。
リスク管理のPDCA化へ
網羅的に自社のリスクの洗い出しを終えたあと、リスクが顕在化した場合の影響度を検証し、自社として「事業等のリスク」として開示すべきリスクを精査していく必要がある。今回の開示規制の強化では、「リスクへの対応策」も有価証券報告書に記載が求められている。これも非常に悩ましい。規制の趣旨からすると、その対応策が極めて重要であるが、実際にリスクの対応策まで丁寧に開示を行っている企業は、まだ多くない。
リスクも色んな種類があり、例えば、「特定の取引先に依存しているリスク」などについては、取引先の依存度を低減させる事業戦略を対応策として考えられる。他方、既存ビジネスの成長が見込めない企業において、「新規ビジネスモデルの構築に関するリスク」をリスクとして認識している。しかし、この対応策を具体的に検討し、投資家に理解してもらうのは至難の業である。リスクを列挙し、自社がそのリスクを受け止めながら、常にリスクに手を打ち続けているという企業姿勢を有価証券報告書の中で示していきたい。一つ一つの対応策を具体的に記載できなかったとしても、リスク管理をPDCA化し、常にケアしている仕組みを作り、それを「事業等のリスク」に落とし込むことが望ましい。
例えば、リスク管理委員会を設置し、半年に1回リスクの洗い出し、評価を見直す仕組みを作ったり、新規事業及び投資実行に関する委員会(会議体)を設置し、月次で行い、新規ビジネスやM&Aの戦略を常に検討していることをアピールすることも一つの手法である。
IPOを目指すベンチャー企業においても、上場する際の目論見書には「事業等のリスク」の記載をすることが求められる。最近の新規上場企業の目論見書の「事業等のリスク」の記載は非常によく分析されている。大企業でもベンチャー企業でも、改めて自社のリスクとは何かを見つめなおすことは、攻めの経営にも活かされるはずである。