「高額の私的飲食に経費を流用」タムロン元社長のモラルハザード

Images by iStock

仕事のストレス発散という名目で、堂々と会社経費を使い、お気に入りのホステスと豪遊する・・・そんなことを平気でやってしまう、モラルなしの会社のトップがいた。株式会社タムロンの元相談役と元社長の2人である。株式会社タムロンは、埼玉県さいたま市見沼区に本社を置く世界的レンズメーカーの企業であり、レンズ業界をリードする会社である。

そんな会社のトップが、少なくとも5年間にわたり、お気に入りのホステスが接待するラウンジで飲食し、その費用を接待交際費としてタムロンに負担させていた。他にも、ホステスを数カ国の海外出張に同行させ、宿泊代、飲食代等を会社負担させていたというのだ。

不正が発覚したきっかけは、2023年7月の内部通報である。タムロンの元代表取締役社長である鯵坂氏が、出張に「S 氏」というホステスの女性を同伴させ、タムロンの経費を私的に流用しているという内容であった。すぐさま特別調査委員会が設置され、11月には調査報告書が開示された。そこで明らかになったのは、元社長の鯵坂氏と鯵坂氏の前の社長だった小野氏の、2代にわたる高額な経費の私的流用であった。

経費を使いホステスへ個人的な支援

この事件のキーパーソンとなるホステスS氏は、2013年ころより鰺坂氏が利用するラウンジXの担当ホステスであった。調査委員会の認定では、鰺坂氏は、S氏に贈る誕生日プレゼントやブランド品、さらにはS氏の子供の服などを、タムロン社員に手配させている。また、従業員夫婦との会食に S 氏を同席させたり、従業員の結婚式に S 氏とその家族を同伴して参列していることから、「一般のホステスと客との関係に留まるものではなく、もう一歩深い、恋人あるいは愛人関係にあったと認めるのが相当」としている。

社長2代にわたる多額経費流用の言い分

鰺坂氏による不正の内容は、具体的にどのようなものであったのか。鰺坂氏は、2017年〜2023年にかけて、複数の海外出張にS氏を伴い、飲食代、宿泊代を会社に負担させている。タムロン社内の接待交際費は、2016年~2023年の7年間で、合計約7億8000万円。そのうち、役員室で使われていたのは約6億8000万円と、接待交際費の9割が役員室により支出されている。

また、鰺坂氏個人では、2016年~2023年で約3億円(年間平均約4200万円)、小野氏個人では、相談役となった2017年~2018年で約5400万円(年間平均約2700万円)と互いに高額な支出をしている。
このうち、S氏関連の支出金額は、2016年~2023年の間、以下のとおりである。
 ・クラブY  約9800万円 年間平均1400万円
 ・ラウンジX 約9600万円 年間平均1370万円
 ・中華料理Z 約640万円(2020年~2023年)


鰺坂氏によるS氏関連の店での支出が、鰺坂氏の接待交際費用の約65%に及んでいる。鰺坂氏がいかにS氏に陶酔し、会社経費を注ぎ込んでいたかが見て取れる。

鰺坂氏の前任社長であった小野氏は、社長退任後は相談役に就任している。しかし相談役就任後も、3年間にわたるラウンジXなどでの飲食代約7900万円を、会社に負担させている。委員会による調査での小野氏の言い分は、「社長交代後、鯵坂氏が行う会社経営に口出しすることができず、そのストレスを発散する必要があった」というものであった。委員会は、呆れ果てて言葉を失うと、小野氏の私的流用も断じている。委員会は、鰺坂氏の経費使用について、接待交際費の使途は取締役の経営判断として広い裁量が認められはするものの、会社の利益ではなく自己の利益だけを図る場合には、その経営判断は許されず民事責任が問われると結論づけている。

多額の経費流用をなぜ止められなかったのか

社長2代にわたるモラルハザード

今回の事件の最も大きな原因として、調査委員会では2人の元社長のモラルハザードをあげている。(モラルハザードとは、「責任感が欠けること、倫理観の欠如」を意味する。)
小野氏は、社長業について、その重圧によるストレス解消のために、単独での飲食やカラオケなどでストレスを発散する必要があり、そのための単独や同伴の飲食費は、会社の必要経費であるなどと真正面から正当化。

また、社長退任後相談役になってもそれらの行為を継続していたことについては、相談役として会社の経営に口出しをしたいがかなわず、それを我慢することによるストレスを発散する必要があったと述べている。社長時代には社長業のストレス発散の必要があり、相談役になっても相談役相応のストレスがあると主張しているが、就労している者であれば、大なり小なり誰でもストレスを抱えているのではないだろうか。「自分だけは特別」という特権意識が異常に強く、自己を客観的に捉えられない子どものような言い草である。とどのつまり、ホステスと会社経費で楽しく飲みたいというモラルハザードを起こしただけと、調査書では切り捨てている。

鯵坂氏においては、単独・同伴飲食費の会社経費負担は、小野氏から承継したルールであるとの一点張りの主張を繰り返している。さらに驚くことに、これらの私的な飲食を会社負担とすることが適切であると思うかという質問に、経営者として考えたこともないと述べている。これも結局は、小野氏と同様、ホステスと会社経費で楽しく飲みたいというモラルハザードを起こしただけのことである。悪質であるのは、会社に経費負担をさせて自分の懐が痛まないのをいいことに、ホステスにねだられるままにシャンパン・ワインを注文して、その場かぎりの享楽にふけり、そこにはタムロンの金は自分の金ではなく、上場企業として株主から預かっている大切な資金であるという認識はかけらも見られない点である。企業のトップである社長の逸脱したモラルハザードが、原因のトップに挙げられることに誰が見ても異論はないだろう。

社内飲食費に関するルール・チェック機能の不存在

タムロンでは、単独や同伴での飲食費を社内飲食費という扱いで「交際費」に計上してきたが、そもそも、会社経費にできる社内飲食費はどのような内容であるのか、というルールが定められておらず、1 回あたりの上限額にも決まりがない。同時に、社長交際費の支出精算に関しては、適切なチェック機能も設けられていない。

暴走を加速させた社長領域の聖域化

タムロンでは、小野氏・鯵坂氏の社長時代を通じて、社長領域が聖域化され、社長に近い立場の者も社長に対しては意見を述べられない、あるいは社長に対する意見は黙殺すべしとの風潮があったと推察されると、調査書に記されている。
この推察を裏付けるエピソードとして、監査役による指摘を無視、役員室経費を例外とする社内経費削減、役員室経費を除外して作成される内部監査計画、秘書室による社長への忖度などの実例があげられている。どれも、自分たち経営陣は特別であるとの著しい特権意識を、容易に想像させるエピソードである。

まとめ

報告書にある「経営陣は、株主から経営を任されており、株主に対して自らの行動が説明できるように接待交際をする必要がある。特に本件のように会社と無関係のホステスに長年にわたり多額のお金が流れ続けていたとなれば、まったく言い逃れできない。」という論理は、この当事者2人には通じなかった。

しかし調査委員会は、内部通報が適切に取り扱われたこと、社外取締役の主導によって終始一貫、鯵坂氏に毅然とした態度を示したことなどをもって、「タムロンは自浄作用を発揮することができた」と評価している。疑問の声も聞かれた内部通報制度だが、今回のタムロンの件では好例を示す結果となったようだ。