パワーハラスメント(パワハラ)問題をめぐり、トヨタ自動車では、自殺した男性従業員の遺族との間で2021年4月7日に和解をして、その再発防止策を発表しました。パワハラが発生すると、会社にとっては、さまざまなリスクがありますので、その予防策を講じることが大切です。本記事では、パワハラ発生時の法的なリスクとその予防策について解説します。
トヨタのパワハラ問題のあらまし
2017年、トヨタ自動車において、上司からのパワーハラスメントを受けていた若手従業員が自殺しました。この件をめぐり、2020年、トヨタは遺族側と和解して、再発防止策を発表しました。
トヨタでは2017年10月、車両設計などを担当していた男性従業員(当時28)が自殺した。上司から「死んだ方がいい」などの暴言を浴びせられていた。遺族は19年3月に労災を申請。当初トヨタは自殺とパワハラとの因果関係を否定していたが、労災が認定されると会社の責任を認め、21年4月7日付で遺族と和解した。
2021年6月8日付日本経済新聞
豊田章男社長は19年11月に報道で問題を知ると直後に遺族を訪問。再発防止策の策定を約束した。豊田氏が主導し、20年7月には約1万人の基幹・幹部職を対象に部下や同僚からも人事評価を受ける「360度評価」とよぶ制度を導入、社内の意識改革に取り組んだ。
そして、トヨタは、2021年6月7日に改めて再発防止策を発表しました。相談窓口の再編や休職者の職場復帰のプロセス見直しなどを盛り込み、また、就業規則ではこれまでに記載のなかったパワハラ禁止、懲罰規定も明確に記載したとのことです。
パワハラ防止対策の強化
パワハラについては、2020年6月の法改正で、その防止対策が強化されました。まず、問題となる職場におけるパワハラとは、「職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素を全て満たすもの」であることが明記されました。ただし、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、パワハラに該当しないとされています。そして、パワハラに該当する代表的な例として、次の6つの類型が挙げられました。
- 身体的な攻撃(暴行・傷害)
- 精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
- 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
- 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
- 過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
- 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
企業は、これらのパワハラについて、予防措置を講じることや相談窓口を設置することを義務付けられました。違反があった場合、行政からの是正勧告の対象になり、さらには社名が公表される場合もあります。これは、会社にとってのレピュテーションリスクとなります。このような形で、法律上、パワハラの防止対策が強化されています。
パワハラが発生した場合のリスク
また、実際にパワハラが起こってしまった場合、会社には次のようなリスクがあります。
- 労働者の意欲の低下などによる職場環境の悪化
- 職場全体の生産性の低下
- 労働者の健康状態の悪化
- 休職や退職などにつながり得ること
- これらに伴う経営的な損失等
- 人材の流失
- 会社のイメージ悪化につながる
- 訴訟による損害賠償請求
なお、パワハラによって従業員が自殺したケースなどでは、会社が負担すべき損害賠償額が高額化するリスクがあります。このような場合、レピュテーションのみならず、金銭的な負担も大きいものになります。さらに、近時、株主との関係で、次のような指摘もあります。
企業に対応を迫るのは法規制だけではない。近年、グーグルやマクドナルドなど米国の大企業で従業員へのセクシュアルハラスメントや不適切な関係を理由に経営幹部が解雇される事例が相次ぐ。ESGの関心が高まるなか、企業の人権侵害に対する投資家の視線が厳しさを増していることも一因だ。問題の隠蔽はダイベストメント(投資撤退)などにつながる可能性もある。
2021年6月8日付日本経済新聞
このように、パワハラの発生は、被害を受けた従業員のほか、会社、株主の誰にとっても悪影響しかありません。パワハラは、全世界が注目する人権問題につながるものであると認識する必要があります。
パワハラ予防策
だからこそ、パワハラの予防策を講じることは大切です。会社としては、最低限、次のような対策を講じることが求められます(厚生労働省の指針参照)。
① 事業主が、職場におけるパワーハラスメントに関する方針を明確化して、労働者に対してその方針を周知・啓発すること
例えば、次のような方法が考えられます。
(ア)就業規則、社内報、パンフレット、社内ホームページ等にパワハラ禁止の方針を明記すること
(イ)研修、講習等を実施すること
(ウ)パワハラを行った者は懲戒処分の対象となることを明確に定めること
② 相談、苦情に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備をすること
パワハラ相談に対応するための窓口を定めておき、従業員に周知する必要があります。なお、窓口については、外部機関に委託することもできます。
また、相談担当窓口は、パワハラの相談に対して、その内容や状況に応じて、適切に対応する責任があります。相談窓口の担当者と人事部門とが連携を図ることができる仕組みにすること、相談窓口の担当者用のマニュアルの作成、相談窓口の担当者に対する研修を実施することなどが必要です。
③ 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
パワハラの相談があった場合、会社は、事実関係を迅速かつ正確に確認する必要があります。また相談者と行為者の言い分が食い違った場合は、第三者からの事情聴取をすることが必要であり、事実確認が困難な場合には、調停や第三者機関を用いることもできます。
そして、パワハラが実際に行われたことが確認できた場合は、速やかに被害者に対する配慮のための措置をとる必要があります。
具体的には被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配置転換(異動)、行為者の謝罪などです。
その上で、行為者に対しては、必要な懲戒処分などの措置を講じることを検討します。
④ ①から③までの措置と併せて講ずべき措置
相談者や相談を受けた者、行為者、目撃者などの第三者のプライバシーを保護することが必要です。また、就業規則などで、パワハラの相談等を理由に、相談者が解雇等の不利益な取扱いをされない旨を規定し、周知・啓発をすることも必要となります。
以上の措置は、最低限の措置であり、これだけで十分というものではありません。上述のトヨタの事例のように、各会社の実情に合わせて、パワハラが発生しないための効果的な仕組みづくりを、継続的に実施していくことが必要であると言えます。