2021年1月、運送会社で運行管理などを任されていた従業員に倉庫勤務を命じた人事異動(配転)を無効とする判決が出ました。培ったキャリアなどを考慮して配転無効を認める司法判断が広がってきており、いわゆる「ジョブ型雇用」の浸透との関係性を指摘する見解もあります。本記事では、これらの状況を踏まえて、会社が人事異動を命じる場合の法的なポイントについて解説します。
【会社が命じる人事異動(配転)】
ある程度の規模を持つ会社は、経営組織を効率的に動かし、多様な能力と経験を持った人材を育成するためにも、人事異動を実施します。この人事異動は、同一の事業所内のみならず、勤務地の変更を伴うような場合にも行われます。このような従業員の転勤や配置転換は、法律的には「配転」と呼ばれています。
【従来の人事異動(配転)についての裁判所の考え方】
これまでの裁判所は、配転について、会社の裁量の範囲を比較的広く認めてきました。1986年の最高裁判例は、「労働協約および就業規則に会社は業務上の都合により配転を命ずることができる旨の規定があり、実際にもそれらの規定に従い配転が頻繁に行われ、採用時勤務場所・職種等を限定する合意がなされなかったという事情の下においては、会社は労働者の個別的同意なしに配転を命ずることができる」と判断しました(東亜ペイント事件・最判昭61.7.14労判477-6)。
ただし、配転について、「業務上の必要性がない場合、不当な動機・目的が認められる場合、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合など、特段の事情がある場合には、その配転は権利の濫用に当たり無効になる」と考えられています。
もっとも、「業務上の必要性」については、「その異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することなく、企業の合理的運営に寄与する点が認められる場合を含む」とされています(前掲・東亜ペイント事件)。
したがって、これまでは、配転についての会社の裁量が広く認められていたということが言えます。
【専門外への「配転」が無効とされたケース】
2020年1月、運送会社で運行管理などを任されていた従業員に倉庫勤務を命じた人事異動を無効とする判決が出ました。
「職種=事務職員(運行管理業務)、職務内容=事務所内での配車など」。東海地方に住む50代の男性は2015年、ハローワークで愛知県内の運送会社の求人を見つけて応募した。男性は「運行管理者」の国家資格を持ち、運転手への乗務の割り振りや疲労度を把握するといった経験を複数の会社で重ねていた。
2021年5月5日付日本経済新聞
採用面接の際、以前の勤務先を辞めた理由について「運行管理などをしたかったが、夜間の点呼業務に異動させられたから」と説明すると、会社側は「夜間点呼への異動はない」と応じ、男性を採用した。入社後は運行管理や配車を任され、3カ月もたたない16年1月、運行管理者の統括役に任命された。
しかし、程なくして「配車方法に偏りがある」という運転手の苦情や高速道路料金の増加などを会社側が問題視するようになる。男性は17年5月、「業務の必要により社員の配置転換を行う」との就業規則に基づき倉庫部門の勤務を命じられた。
納得できない男性は「採用時に職種を限る合意があった」として会社を提訴。会社側は訴訟で「職種を限る合意はなかった」とした上で「会社が業界で生き残るために拡大していた倉庫業務の新たな担当者として適性を検討した結果だった」と合理性を主張した。
(中略)
19年11月の一審・名古屋地裁判決は、職種を限定する合意はなかったとしながらも、配転先の業務内容は「運行管理者として培ってきた能力や経験が生かせるという(男性側の)期待に大きく反する」と指摘。業務上の必要性が高かったとは言えず、不慣れな肉体労働を命じられる可能性なども踏まえて「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせた」として配転命令を無効と認めた。
二審・名古屋高裁判決も一審判決を支持し「能力や経験を生かせない業務に漫然と配転した。権利の乱用に当たる」と言及。会社側は上告を見送り、判決は確定した。
この判決は、従前の最高裁判例と同じ枠組みで配転が無効か否かを判断しています。しかし、一般的な職務のキャリアを積んできた労働者も保護しているという点が注目されます。
上記記事は、「培ったキャリアなどを考慮して配転無効を認める司法判断は、ここ10年ほどで広がってきており、大手企業から転職しプロジェクトリーダーを務めた後に倉庫係への配転を命じられたIT技術者や、外科医が臨床の現場から外された例がある。ただ、これまで法的保護の対象は高度な技能を持った労働者に限られており、名古屋高裁判決は、より一般的な業務も保護すべきキャリアと明確に判断した。」としており、「保護するキャリアの対象を高度なIT技術者や医師など専門職から一般的な職務にまで広げた。労働者が積み重ねた職歴と本人の意向を重視した雇用のあり方を後押しするのではないか――。働く人々の期待は大きい。」と指摘しています。
【「ジョブ型雇用」との関係】
また、この判決について、近時、広がりを見せている「ジョブ型雇用」との関係を指摘する見解もあります。「ジョブ型雇用」とは、職務(ジョブ)の内容に基づいて必要な経験・スキルを持つ人材を雇用するような制度でのことを言います。上記の記事は、次のような指摘をしています。
経団連は20年の春季労使交渉で、職務と職責を明示する「ジョブ型雇用」を高度人材の確保に「効果的な手法」だと指摘。今年1月に公表した調査では、回答した会員企業の25.2%が、正社員に職務・仕事別の雇用区分を設け、このうち35%がジョブ型を導入していた。東京大の水町勇一郎教授(労働法)は「判決はジョブ型雇用など専門性を生かした働き方が浸透する社会情勢を反映している」と評価する。「法的に保護される可能性がある労働者の幅を大きく広げたといえ、個人のキャリア形成の意向を尊重する流れが加速しそうだ」と話している。
2021年5月5日付日本経済新聞
上述のとおり、この判決は、従来の最高裁判例の枠組みで判断していますので、実際に、「ジョブ型雇用」の考え方を前提としていることを明記しているものではありません。しかし、「ジョブ型雇用」さらには、「ワーク・ライフ・バランス」の考え方や、リモートワークが広がっている現状などからも、労働者への人事異動(配転)の命令が無効になるケースが増えてくることも考えられます。
会社としては、従来の手法に従って紋切型の人事異動を命じるだけではなく、労働者の立場にもよりそった人事異動の判断をする必要があるということが言えます。具体的には、人事異動を命じるときには、当該従業員のキャリアについて十分に尊重、配慮をすることや、異動の内示をする際には面談を実施して、業務上の具体的な必要性について丁寧に説明をして本人の納得を得ることなどが大切です。
人事異動は会社の専権事項であるという意識は、ある意味で正しいと言えます。しかし、会社が人事異動を命じるときは、その考え方にとらわれず、対象となる従業員としっかりとコミュニケーションをとるよう心掛けたいところです。