公益通報者保護法の改正 – 内部通報に関する担当者は刑事罰を課される可能性も。

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消費者庁は、2021年8月20日、「公益通報者保護法第 11 条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(新ガイドライン)を発表しました。さらに、新ガイドラインの解説が10月に発表されました。

消費者庁が新たに示したガイドライン

公益通報者保護法の改正により、300名以上の事業者は内部通報窓口を設置する必要があります。これは2022年6月から適用され、既に上場している企業では導入されているものの、非上場の会社においても、設置が義務付けられることになります。

どんな体制を整備すべきなのか

新ガイドラインでは、企業が内部通報窓口の設置を行うにあたっての必要な措置について指針を示しています。重要なポイントを絞って解説していきます。

「従事者の定め」(法11条1項)

新ガイドラインでは、以下のように定めています。

事業者は、内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通報対応業務を行う者であり、かつ、当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者を、従事者として定めなければならない。

「公益通報者保護法第 11 条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(新ガイドライン)

簡単にいうと、内部通報に関する担当者を決定しなければならない ということです。これは企業にとって悩まされる対応です。

今までは、内部通報窓口だけを設置し、その担当者が誰であるのか、という点について特段ルールはありませんでした。企業としても、内部通報窓口は、コンプライアンス部や総務部や法務部などの部門で所管し、特段担当者を明確化していないことがありました。実際、内部通報窓口業務は、通報者が特定されないために慎重に対応する必要があり、窓口および調査担当者としては、かなり高度な配慮が要求される非常に難しい業務です。とはいえ、企業には人事異動があり、数年で異動を行う中、窓口業務、調査業務を適切に行うことができる人材を育てることは非常に時間がかかります。その中、特定の担当者を決定しなければならない、ということをガイドラインは定めています。これは、通報者の特定を防ぐために、内部通報窓口業務の担当者には守秘義務を負う慎重な対応を求めるべく定められています。

また 新ガイドラインは

事業者は、従事者を定める際には、書面により指定をするなど、従事者の地位に就くことが従事者となる者自身に明らかとなる方法により定めなければならない。

「公益通報者保護法第 11 条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(新ガイドライン)

と定めています。

内部通報担当者に対しては、書面などにより「あなたは内部通報担当者です」ということを明確に認識させる必要がある、ということです。

内部通報担当者は、通報者が特定される事項について、守秘義務を負います。通報者を特定されるような対応をした場合には、刑事罰が科されます。今回の改正により、公益通報者保護法は非常に厳しくなり、徹底した通報者保護を図っています。

この改正は、担当者に本当に慎重な対応を求めるものであり、徹底した通報者が特定されないための情報管理が要求されます。万が一漏らした場合には、刑事罰。これは非常に痺れます。

企業は、既に内部通報制度を導入されているところにおいても、内部通報担当者に対して、これまで以上に通報者が特定されないための情報管理を行う教育を徹底する必要があります。新ガイドラインの要求する内部通報担当を決定し、適切に業務を行ってもらうためには、高度な専門性が要求されることを理解しておく必要があります。

内部通報受付窓口の設置など

内部公益通報受付窓口を設置し、当該窓口に寄せられる内部公益通報を受け、 調査をし、是正に必要な措置をとる部署及び責任者を明確に定める。

「公益通報者保護法第 11 条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(新ガイドライン)

単に、内部通報窓口を設置しているだけではありませんか? 新ガイドラインでは、窓口、調査、是正措置を行う部署及び責任者を明確に定めなければならない としています。

リスク管理の先進的な企業では、既に部署及び責任者を定めていることが多いですが、組織規模が大きくない企業では、部署および責任者が明確化されていないことが多いのが実情です。内部通報業務の所管部署は、もはや、上場企業で必ず求められる内部監査の所管部署と同様に、所管部署及び責任者の明確化が必須となるのです。

範囲外共有等の防止に関する措置

イ 事業者の労働者及び役員等が範囲外共有を行うことを防ぐための措置をとり、範囲外共有が行われた場合には、適切な救済・回復の措置をとる。
ロ 事業者の労働者及び役員等が、公益通報者を特定した上でなければ必要性の 高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合を除いて、通報者の探索を行うことを防ぐための措置をとる。 ハ 範囲外共有や通報者の探索が行われた場合に、当該行為を行った労働者及び 役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとる。
ハ 範囲外共有や通報者の探索が行われた場合に、当該行為を行った労働者及び 役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとる。

「公益通報者保護法第 11 条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(新ガイドライン)

通報者にとってみれば、自らが通報したことを、窓口や調査担当者以外の第三者に知られるおそれがあれば、通報を行うことを躊躇します。そこで、新ガイドラインでは、内部通報の担当者などの必要な範囲外での情報共有がなされない措置をとることを、企業に要求しています。

新ガイドラインでは、範囲外共有を防ぐ対応として、以下のような具体例を挙げています。

●通報事案に係る記録・資料を閲覧・共有することが可能な者を必要最小限に限定し、その範囲を明確に確認する
●通報事案に係る記録・資料は施錠管理する
●内部公益通報受付窓口を経由した内部公益通報の受付方法としては、電話、 FAX、電子メール、ウェブサイト等、様々な手段が考えられるが、内部公益通 報を受け付ける際には、専用の電話番号や専用メールアドレスを設ける、勤務時間外に個室や事業所外で面談する
●公益通報に関する記録の保管方法やアクセス権限等を規程において明確にする
●公益通報者を特定させる事項の秘匿性に関する社内教育を実施する
●公益通報に係る情報を電磁的に管理している場合には、公益通報者を特定させる事項を保持するため、例えば、以下のような情報セキュリティ上の対策等を講ずる。
・当該情報を閲覧することが可能な者を必要最小限に限定する
・操作・閲覧履歴を記録する
●通報者の探索を行うことを防ぐための措置として、例えば、通報者の探索は行ってはならない行為であって懲戒処分その他の措置の対象となることを定め、その旨を教育・周知すること等が考えられる。

「公益通報者保護法第 11 条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(新ガイドライン)

その他、範囲外共有を防ぐために、

●通報事案の記録・資料に記載されている関係者の固有名詞を仮称表記にする

●通報者自身に対して、情報管理の重要性を十分に理解させることも必要

とも新ガイドラインでは列挙しています。

例えば、実際、パワーハラスメントの通報を受け、調査する際などは、調査を実施する過程において、通報者が誰であるのか、ということが、加害者やその他の社員に伝わるリスクがあります。どの範囲で調査対象事実を共有するのか、どの範囲で調査を行うのか、細心の注意を払わなければなりません。

教育・周知に関する措置

イ 法及び内部公益通報対応体制について、労働者等及び役員並びに退職者に対して教育・周知を行う。また、従事者に対しては、公益通報者を特定させる事項の取扱いについて、特に十分に教育を行う。
ロ 労働者等及び役員並びに退職者から寄せられる、内部公益通報対応体制の仕組みや不利益な取扱いに関する質問・相談に対応する。

「公益通報者保護法第 11 条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(新ガイドライン)

今回の法改正のポイントとして、通報の保護すべき人として「退職者」が追加されました。

企業を退職してから1年以内の退職者に対しても、企業は、自社の内部通報制度について、教育と周知を行う必要が生じました。

1年以内の退職者も保護の対象としたのは、退職後に企業から損害賠償請求がなされたり、退職後の通報を理由として退職金が支払われない、などにより在職時の通報を委縮させないためです。

「退職者に対する教育・周知の方法」として、ガイドラインは、

  • 在職中に、退職後も公益通報ができることを教育・周知する、という方法を挙げています。

開示に関する措置

イ 内部公益通報への対応に関する記録を作成し、適切な期間保管する。
ロ 内部公益通報対応体制の定期的な評価・点検を実施し、必要に応じて内部公益通報対応体制の改善を行う。
ハ 内部公益通報受付窓口に寄せられた内部公益通報に関する運用実績の概要を、適正な業務の遂行及び利害関係人の秘密、信用、名誉、プライバシー等の保護に支障がない範囲において労働者等及び役員に開示する。

「公益通報者保護法第 11 条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(新ガイドライン)

ここで注目すべきポイントは、内部通報の実績の概要を、役職員に開示する、ということを求めていることです。

運用実績の概要とは、

  • 過去一定期間における通報件数
  • 是正の有無
  • 対応の概要
  • 内部公益通報を行いやすくするための活動状況

のことをいいます。

概要を役職員に開示することは、内部通報が適切に運用されることに対する期待感を高めるために必要であるとされています。
最近では、各事業者における内部公益通報対応体制の実効性の程度は、自浄作用の発揮を通じた企業価値の維持・向上にも関わるものであり、消費者、取引先、労働者等・役員、株主・投資家、債権者、地域社会等のステークホルダーにとっても重要な情報であるため、運用実績の概要や内部公益通報対応体制の評価・点検の結果を、有価証券報告書、CSR報告書やウェブサイト等を活用して開示する等、実効性の高いガバナンス体制を構築していることを積極的に対外的にアピールしている企業も存在します。

経営陣は内部通報担当業務の重要性と大変さを理解しなければならない

「とりあえず窓口を設置しておこう」という安易な考えの企業も少なくありません。しかし、今回の改正では、内部通報者担当者には、刑事罰まで負う可能性があります。

内部通報担当者は、まずは通報者と向き合い、真摯に相談にのり、通報者の悩みや思いに直に触れ、どのような対応策がよいのか、丁寧に検討しています。しかも、通報者が特定されないように細心の注意を払いながら、通報の受付及び調査を実行しているのです。この業務を適切に対応できるためには、相当の訓練、経験が必要です。今回の改正では、企業側に内部通報制度の重要性および通報者の保護を徹底せよ、というメッセージが込められています。

企業としては、自社の内部通報制度を整備する際には、適切な内部通報担当者を置く必要がありますが、その業務を適切に行うことができる人物はなかなか存在しないことを理解しておく必要があります。内部通報業務についての教育をどうするのか、私は外部の内部通報窓口の担当業務を実際行っていますし、企業の内部通報窓口に相談があった案件の調査、社内通報窓口の分析・評価を行っていますが、通報者の保護しなければならない担当者の心的負担を目の当たりにして、内部通報制度の運用の難しさを実感しています。企業の経営陣は、内部通報制度の重要性を認識し、その運用の難しさを理解して、内部通報業務への適切な予算配分、人的配分を行っていく必要があります。