最近、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて業績が悪化した会社が、他の人手不足などの会社との間で、「在籍型出向」という形で雇用の維持を図っているという話をよく聞くようになり、厚生労働省も、この「在籍型出向」の推進を支援しています。しかし、「在籍型出向」が「業として」行われると職業安定法に違反する可能性があり、また、実施の際には労働者の同意を得るなどの準備も必要です。本記事では、「在籍型出向」とはどのようなものか、またこれを実施する場合の留意点を解説します。
【在籍型出向とは】
「在籍型出向」とは、出向元企業と出向先企業との間の出向契約によって、労働者が出向元企業と出向先企業の両方と雇用契約を結び、一定期間継続して勤務することをいいます。さまざまな業種の企業において行われているグループ会社などの他社への「出向」のほとんどは、この「在籍型出向」に該当します。この場合、出向している労働者は、出向元・出向先の両方と雇用があるということになります。
【厚生労働省の「在籍型出向」の推進】
最近、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、事業の一時的な縮小などを行う会社が、人手不足などの会社との間で「在籍型出向」を活用して従業員の雇用維持を図る取り組みが多く見られるようになりました。厚生労働省は、このようなコロナ禍における雇用維持を目的とした「在籍型出向」の取り組みを支援する方針を打ち出し、地域の関係機関等と連携することなどによって、出向情報やノウハウの共有、出向の送り出し企業や受け入れ企業の開拓などを推進しています(厚生労働省のHP参照)。
【コロナ禍における「在籍型出向」の動き】
コロナ禍において、大手企業などを中心に、大規模な「在籍型出向」が行われる動きもあります。
パソナグループは新型コロナウイルス禍で打撃を受けている業界からの出向者を2000人規模に倍増させる。2022年春までに外食や観光などの業界から人材を受け入れる。人件費も負担し、業務請負サービスに活用する。コロナ下の出向受け入れとして最大規模とみられ、雇用の一時的な受け皿となる。
2021年7月2日付日本経済新聞(電子版)
これまでに航空やホテル、ブライダル関連など約30社から1000人弱の出向を子会社のパソナが受け入れた。同社の中尾慎太郎社長は「タクシー会社などからも相談が増えており、21年度には2000人以上に増やす」と明らかにした。標準的な出向期間は3~6カ月。
コロナによる業績悪化などを受け、間接部門やコールセンター関連のコストを減らすために業務を外部委託する企業が増えている。自治体からはワクチンの接種に関連した事務員への需要が多く、パソナでは人手が足りない状況だ。余剰人材が生じている業界から足りない業界へ一時的に人材を橋渡しする。
「在籍型出向」は、出向元企業にとっては、雇用を維持することができ、出向先で得た知識や経験などをいずれ自社に還元してもらえるという期待もあります。また、出向先企業にとっても、人手不足のときに一定のスキルをもった人材を確保できるというメリットがあり、さらには、当該出向労働者としても、勤務先は変わるものの、働き続けることが可能となり、コロナ禍においても経済的な不安が払しょくできるというメリットがあります。すなわち、「在籍型出向」は、企業、労働者のいずれにとってもメリットのある働き方であると言えます。
【「在籍型出向」と「労働者供給」の関係】
なお、「在籍型出向」は、「労働者供給」との関係で問題になる場合があります。「労働者供給」とは、供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させるものをいいます(労働者派遣法の「労働者派遣」に該当するものは除きます)。そして、この「労働者供給」を「業として行う」ことは、職業安定法第44条によって禁止されています。「在籍型出向」も、この「労働者供給」に該当すると解されています。したがって、「在籍型出向」を「業として行う」と、職業安定法に違反することとなってしまいます。
ただし、
①労働者を離職させるのではなく、関係会社において雇用機会を確保する
②経営指導、技術指導を実施する
③職業能力開発の一環として行う
④企業グループ内の人事交流の一環として行う
などのいずれかの目的があるものについては、基本的には、「業として行う」ものではないと判断されます。
コロナ禍における雇用維持を目的とした「在籍型出向」については、基本的には、上記①に類するものとして、「業として行う」ものではないと考えられますので、違法と評価されることはないでしょう。
ただし、例えば、当初から出向させることを目的として雇い入れて出向を命じることや、コロナの影響がなくなった後に新たに出向を命じたりするなど、コロナ禍における雇用維持の目的と考えられる範囲を超える場合には、職業安定法に違反すると判断される可能性がありますので、注意が必要です。
【「在籍型出向」を実施する場合の準備・留意点】
会社が「在籍型出向」を命じるには、労働者の「個別的な同意を得る」か、または「出向先での賃金・労働条件、出向の期間、復帰の仕方などが就業規則や労働協約等によって労働者の利益に配慮して整備されている」ことが必要です。
また、労働者に「在籍型出向」を命じることができる場合であっても、出向の必要性、対象労働者の選定に係る事情等に照らして、会社がその権利を濫用したものと認められる場合は、その命令は無効となります(労働契約法第14条)。いやがらせ目的や、いわゆる片道切符の出向などがこれに該当する可能性があります。
したがって、実際に会社が「在籍型出向」を行う場合には、その必要性や出向期間中の労働条件等について、労働者との間で丁寧に確認した上で、当該労働者の個別的な同意を得ておくことが望ましいと言えます。
例えばですが、「在籍型出向」を命じるときに、事前に出向先企業の職場見学を実施することや、出向労働者を募集するなどの工夫をすることも考えられます。これらの取り組みは、実際に実施している企業もありますので、参考にしてみてください。 また、出向先での労働条件を明確にすることや、税務・社会保険などの取り扱いにも留意が必要です。これらは、出向契約書などで取り決めることになりますので、内容をよく確認する必要があります。
【「在籍型出向」の支援制度】
なお、新型コロナウイルス感染症の影響により事業活動の一時的な縮小を余儀なくされた事業主が、「出向」により労働者の雇用維持を図る場合、出向元と出向先の双方の事業主に対して、その出向に要した賃金や経費の一部を助成されるという制度があります(令和3年2月5日創設)。これらの制度を活用することも、検討するとよいでしょう。