厚生労働省は2021年9月14日、過重労働で脳・心臓疾患を発症した労働者の労災認定基準を20年ぶりに改正しました。これまで重視されてきた「労働時間」だけでなく、それ以外の要因も総合評価をして、より柔軟に労災が認定されるようになります。本記事では、脳・心臓疾患の労災認定基準の改正の内容と、会社が留意すべきポイントと対策を解説します。
【労災認定基準の改正】
厚生労働省は、脳・心臓疾患の労災認定基準を改正し、「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」として、2021年9月14日付で厚生労働省労働基準局長から都道府県労働局長宛てに通知しました。
【改正の背景】
過重労働(いわゆる過労死も含みます)を原因とする脳血管疾患及び虚血性心疾患等については、これまで、2001年12月に改正した「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く)の認定基準」に基づいて労災認定が行われていました。
しかし、最新の医学的知見を踏まえて、「脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会」において検証等が行われ、2021年7月16日に報告書が取りまとめられたことを受けて、認定基準の改正が行われました。
【労災認定基準改正のポイント】
改正のポイントは、次のとおりです。
- 長期間の過重業務の評価に当たり、労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合評価して労災認定することを明確化
- 長期間の過重業務、短期間の過重業務の労働時間以外の負荷要因を見直し
- 短期間の過重業務、異常な出来事の業務と発症との関連性が強いと判断できる場合を明確化
- 象疾病に「重篤な心不全」を追加
さらに詳しい情報は、以下の厚生労働省のHPをご確認ください。
脳・心臓疾患の労災補償について|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
なお、次の点は、従前と変更がありません。
- 「長期間の過重業務」、「短期間の過重業務」、「異常な出来事」により業務の過重性を評価すること
- 「長期間の過重業務」について、発症前1か月におおむね100時間または発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月あたり80時間を超える時間外労働(つまり残業です)が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できること
【労災認定基準改正に対する具体的な留意点と対策】
従前の基準では、「労働時間」の基準が重視され、労災認定の際にも、労働時間の基準を満たしていない(つまり、労働時間が少ない)として、デジタルに労災認定が認められないということもありました。しかし、今後は、今回の改正労災認定基準によって、従前よりも柔軟に労災認定が判断される可能性がありますので(もっとも、実際には、そのような運用がされているケースも多くありました)、企業においては、例えば、次のような対策が必要になります。
1. 労働時間基準に近い労働時間があるケース
例えば、上記の発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月あたり80時間を超える時間外労働がないケースでも、月の残業時間が60時間程度あるようなケースでは、他の負荷要素を考慮して、労災が認定される可能性が十分にあります。
したがって、単に基準を超えていないということだけで労災のリスクがないという判断ではなく、日常の労務管理でも、労働時間はもちろんのこと、それ以外の労働者の負荷を考慮した総合的な労務管理が必要となります。
2. より一層のハラスメント対策強化
実務での相談案件、あるいは、裁判例などからすると、パワーハラスメントなどのハラスメントによる労災認定のケースが増えています。柔軟な労災認定の可能性が高まっていますので、これまで以上にハラスメント対策を強化する必要があります。
3. 労災民事損害賠償請求のリスク
本来、労災認定がされることで、企業に損害賠償義務が当然に発生するということにはなりません。しかし、実際には、労災認定がされると、企業に安全配慮義務違反があるという推定が働き、事実上、多くのケースで企業の損害賠償義務が肯定されるという実態があります。特に、過労死の案件では、賠償額が高額化するケースもあります。これに対応するために、保険会社などを利用した上で、社内の上積補償制度(労災事故の際に、公的な労災保険の他に会社が金銭補償をすること)を整備することが必要です。
以上のような対策をしつつ、改正を踏まえて、今後の労災認定の運用に注目が必要です。