新型コロナウイルスの感染拡大で、いわゆるリモートワーク(在宅勤務、W E B会議などによる仕事)が広く普及して、便利になった反面、従業員がストレスを感じてしまっているという状況が生じていることが指摘されています。
リモートワークは、人との接触を回避するという目的で行われていますが、実際には、通勤時間の削減や、オフィスが不要または縮小できるというメリットがあるため、新型コロナウイルスの感染拡大が収束した後も、引き続き多くの企業で当たり前のようにリモートワークが行われると思われます。
もっとも、リモートワークが普及してきたことによって、その弊害も見られるようになっています。特に、従業員が通常の業務以上にストレスを感じる場合があると言われています。
そこで、今回は、リモートワークにおける従業員のストレス対策についてまとめてみました。なお、厚生労働省のガイドラインなどでは、「リモートワーク」ではなく「テレワーク」という用語が使用されていますが、両者の意味にほとんど違いはありません。したがって、ここでは、最近よく使われている「リモートワーク」という用語を使用します。
【ストレス対策が会社の重大な課題に!】
リモートワークにおける従業員のストレス対策は、会社にとって重要な課題となってきています。そのため、多くの会社がこの問題に取り組み始めています。もともとリモートワークは、人との接触が減ることになり、また、慣れた自宅で仕事をすることも可能であるため、ストレスが減るものと思われていました。ところが、リモートワーク独自の問題があり、かえってストレスを感じる従業員が多くいたため、この問題の対策に乗り出している会社が増えているのです。
2021年2月7日付け日本経済新聞
新型コロナウイルスの感染拡大で在宅勤務を促進するとともに、従業員のメンタルケアに力を入れる企業が増えている。オフィス勤務に比べてストレスや不安を感じる人がいるが、対面しないため周囲が変化を察知しにくい。コロナ禍が長期化するなか、企業の労務管理の観点からも重要な課題となっている。(中略)
日本経済新聞社が20年10月に実施した企業法務・弁護士調査で、リモートワークを実施している企業に労務管理対策の現状を聞いたところ、「社員のメンタル面のケアの強化」を45%が実施済み、17%が検討中と答えた。
なお、ストレスの原因は多岐にわたるものと考えられますが、慣れない働き方で生活リズムを崩したり、運動不足になったり、あるいは、孤独な状況に不安を感じやすくなるということなどが指摘されています。また、同記事では、働き方が確立していない20代の若者がストレスを感じやすいという指摘もありました。
【何のために会社はストレス対策をするのか?】
ここで、原点にかえって、なぜ会社が従業員のストレス対策をしなければいけないのかを確認します。
1.従業員のモチベーションを維持する
当たり前のことですが、ストレスを感じている従業員は、最高のパフォーマンスを発揮することができません。従業員の仕事に対するモチベーションを維持するためにも、会社としては、ぜひとも従業員のストレス対策を積極的に行いたいところです。
2.会社の取り組みをアピールする
また、従業員のストレス問題に対して、会社として積極的に取り組んでいるという姿勢は、すべてのステークスホルダーに対してのアピールになるという側面があります。会社のイメージ向上に寄与すると言えます。
3.安全配慮義務を尽くすため
弁護士の視点からは、これが重要となります。
労働契約法は、企業に対して、従業員が「生命、身体の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」ことを求めています。これが、企業に求められる「安全配慮義務」です。最高裁は、2000年、電通社員の過労自殺訴訟で、使用者は労働者が心身の健康を損なわないよう注意する義務を負うと判断しました。つまり、企業は、メンタル面においても、従業員に対して安全配慮義務を負っているのです。
したがって、会社としては、リモートワークについても、従業員のストレス対策を実施するべき法的な義務があることを認識する必要があります。
【会社は何をすべきか?】
会社としては、それぞれの会社の実情、リモートワークの利用状況に応じた、きめの細かいストレス対策を実施することが望まれます。
上述の記事によりますと、例えば、日清食品ホールディングスでは、2020年8月、「テレワークうつ予防チーム」を発足して、ストレス度が指数でわかる「疲労ストレス計」を使って、自覚がなくてもリスクのある従業員を把握しているそうです。結果に応じて自律神経関連の書籍を配布、睡眠の質向上プログラムを案内して、特に要注意の人には看護師が働きかけてオンライン面談を実施しているとのことで、スマートフォンアプリを使用した先進的な取り組みが行われています。
また、NTTは2020年10月、グループ141社の約19万人を対象に、毎週1回、システム上で簡易なメンタル問診に回答してもらう仕組みを導入したそうです。変調が見られる場合、上司との1対1のミーティングなどを実施して、産業医などにもつないでいるとのことです。かなりきめの細かい対応をしているという印象です。
従業員自身による自発的な不調予防として、グリーでは、2020年4月、オンラインでの飲み会の補助制度を導入し、飲み物やつまみの費用について毎月1回、3000円を上限に支給しているそうです。ポーラ・オルビスホールディングスは、健康管理の知識を学んでもらう動画を社内向けに月1回配信して、初回は産業医がメンタル不調にもつながる眼精疲労の対策を解説、看護師が目のストレッチや腰痛防止のための正しい座り方を紹介しているとのことで、希望すれば、産業医や心理職の専門スタッフとオンラインで面談できるようになっています。
会社が尽くすべき安全配慮義務について、ここまでやれば大丈夫という絶対的な基準はありません。それでも、会社は、メンタルヘルスに関する一般的な対策に加えて、上述の各社の取り組みなどを参考にして、それぞれの会社の実情に応じたリモートワーク独自のストレス対策を講じる必要があると言えます。
【リモハラ】
リモートワークによって従業員がストレスを感じる場面として、最近、「リモハラ」という言葉を耳にするようになりました。これは、「リモートハラスメント」の略で、セクハラ、パワハラなどと同じように、リモートワークにおけるハラスメントとして、注目されています。
「リモハラ」の法律上の正式な定義(説明)はありませんが、リモートワークをしている際に発生するハラスメントを指す言葉という整理ができそうです。例えば、WEB会議の最中に同居人や恋人に関するプライベートな質問をしてくること、自宅での服装や容姿についてからかうような言動をすること、威圧的な態度をとったり性的な言動をすること、リモート飲み会に参加することの強制などが、この「リモハラ」に該当する可能性があります。
自宅というプライベートな空間で、ついハラスメントを起こしてしまうということもあるかもしれませんが、WEB会議は録画をすることも可能であり、会社としては注意が必要です。各従業員が、リモートワークも場所が変わっただけで出社しての勤務と同じであるという意識を持つことが重要です。
また、これに関連して、zoom会議で顔出しを強制したら「リモハラ」になるのか、という会社からの質問を受けたことがありました。オフィスであれば、顔出しをして会議をするのが当たり前なので、業務指示として顔出しをしてもらうこと自体は、ハラスメントにはあたらないでしょう。ただし、個別の事情(体調が悪くて顔を出したくないなど)があるにもかかわらず、これを考慮しないで一律に顔出しを強制することは、ハラスメントに該当する可能性があります。また、顔ではなく、例えば部屋の背景を出すように強要することは行き過ぎであり、ハラスメントに該当する可能性があるものと考えます。
【まとめ】
「リモハラ」が起こらないようにすることを含め、会社は、リモートワークにおける従業員のストレス対策を実施する法的な義務を負っています。会社の実情に応じて、十分な対策を講じていただきたいと思います。